新府内録 社長の窓

第44回コラム「大阪都構想を振り返って見る」

11月1日の地元住民による直接の投開票でも否決され、再び存続が決まった実に275万人の人口を持つ関西地方一の政令指定都市で全国でも横浜市に次ぐ第2位の大阪市。

2010年に当時の党首によって旗揚げされた最大の公約がこの「大阪都構想」でした、今回のコラムではその結果を踏まえた率直な感想を述べてみたいと思います。

それにしても、この構想がいわゆるバブル経済真っ只中のおよそ30年余り前だったら、果たして結果は変わっていたのかなと少々想像巡らせてしまいます、と言うのも構想自体最大の目的が「二重行政の解消」、更にそのきっかけが「敢えて双方と言うべき行政組織の硬直化」で少々ネガティブな事由の為に、有権者である地元住民にとって少し分かりにくい二度に亘る直接選挙だったかなと考えます。

ただ特別区がわずか4つの少なさと言うのが個人的に、思い切り良い削減なのだけれどもこれだけで相当な財政出動は避けられなかったのではと言うのが一つと、やはりと言うべきか時期的にだいぶタイミングを逸してしまったかもしれません。

何でもシステムが上手く制御出来ている時に、わざわざ「次の一手」なる考えは中々浮かびませんし考えようとも致しません、これは企業経営でも一緒です。

でも、その時々の人心を預かるトップとして常に心掛ければならない事は、遥か「百年の計」を持って常に先を見続ける卓越した時間軸ではないでしょうか、それを分かる術はズバリ「培ってきた史実」そのもにあるからです。

史実があるからこそ、そこから見えない未来を限りなく予測する、今年の全世界を席巻したパンデミック禍も一重に垣根無い経済成長を求めたが為の、行き過ぎたグローバリズムがもたらしたものです、特に自由(民主)主義が今こそ試されていると言えなくもありません。

ここで何が言いたいか、シンプルに我々当事者たちが確かな審美眼を持ち合わせ各々の正解を探し出す、誰かがでは無く自律性を持って解決策を探し当てる。

今回行われた大阪都構想の第2回投票率は僅かながら第1回目のポイントを下回るものでした、様々な要因があるにしても大阪都構想が自ら不利になると見た有権者が多く権利を行使した結果であり、サイレントマジョリティーの見えない立場も明確になった瞬間、これが現有投票率の分析と推察します。

人口構成も30年余り前から急激に様変わりしていますので、如何ともし難い。

少々内容飛躍しますけど皆さまもご承知の通り、江戸に初代徳川家が幕府を構えるまで大坂は政の中心でしたし、更には明治維新以降皇室が都内江戸城址へ遷都するまでは隣接する京都がその拠り所だった為、今で言う関西地方は当然の事ながら「首都圏」としての歴史が相当に長かったと言えます、寺院の数もしかり。

そこから見える事は古き佳き文化の薫りが脈々息づいている、だからこそ大阪都構想を提唱してカタチだけでも東京都と対峙したかったのだろうと思います、恐らくあからさまには言わないでしょうけど、現実は横浜市があり翔んで埼玉県がある訳です(そこ?)

個人的にその構想自体は率直に良かったかもしれない反面、各々の環境がもう少し新しいものを率直に受け入れる、あるいは時系列を緩やかにした現状維持的政策(ロードマップ)であれば、相互の得票数も鑑み万一受け入れられたのではと思った今回の大阪市存続決定です。

こう結んでいたら偶然、執筆翌日(11月11日)は都内協力企業からの招きで、最初に当該提唱した橋下徹氏のウェビナー開催にオンライン出席します。

存続決定を受けたその思いを、一つでもお聞き出来ればと思います。

(本コラムは、あくまで個人の見解に基づきます)

 アガワ・ハイテックソリューションズ株式会社
代表取締役社長 阿川 丈生