新府内録 社長の窓

第29回コラム「そして歴史は廻って行く」

今月10日、正直耳を疑う地元発ビッグニュースが飛び込んで来ました。

曰く大分市松岡地区に位置する(中略)、開閉屋根式大型サッカー競技場の命名権(ネーミングライツ)が来年3月から、それまでの第一地銀から大手総合化学メーカーに変更する旨のものでした。

今でこそ大分県は、別府市や由布市湯布院町を始めとした地元自治体の肝いりで「おんせん県」のキャッチフレーズが浸透していますけど、その実…工業出荷額は九州地域で福岡県に次ぐ第二位、県都大分市に至っては市町村別により、北九州市に次ぐ同じく九州地域第二位と言う、驚くべき最新統計結果が弾き出されております。

この事実は、全国的にもあまりに知られておらず、以前より自分が各地でこのお話をすると、皆さん一様に驚かれます。

これらを通じ何を示すか…僭越ながら大分県の生きる道が、全土事実上の「工業化」しか残されていなかった事に尽きるでしょう。

ちょっと脱線しますが、同じく今月は地元民放の特別番組「大分の明治維新」と言う、これまた驚くべきタイトルがゴールデンタイムの19時から、一時間放送されていました。

要するに微力ながら「大分県も明治維新に、少しは関わったんだよ」的内容でしたが、またまた驚いたのは最後のくだりとして、前知事が旗振り役になった一村一品運動が紹介された事(!)。

直後テレビに向かって「それ、関係無いじゃん」と、思わず声を上げてしまったのは、言うまでもありません。

で、コラム最初に戻り県都に位置する、大型競技場のネーミングライツに大手総合化学メーカーが、次期使用権を得たその意義。

その昔、新産業都市計画が50年前当時の通産省から発布され、それに基づき大分市の臨海工業地帯に、大手製鉄メーカーらと共に立地をした数社の一つが、その企業です。

更にその策定には、時の前知事が通産省時代より関わったと言う逸話があり、それまで農業と水産業のみだった大分県を、新産業都市策定や後のテクノポリス指定を契機に、一躍今日へ至る一大工業地域にする、云わば壮大なビジョン(即ち野望?)を持って実行した経緯が分かります。

あれから50年…その大手総合化学メーカーが、恩返しの意味を込めて地元自治体へ、ネーミングライツを申し込み、そして採用される。

それはそうでしょう!と、再び思わず膝を叩いたのは言うまでもありません。

アイタタタ…。

平成も30年経ち、来年から新元号です。

そしてこの30年間九州各県で、ある意味あらゆる変貌を一番遂げたのは、何を隠そう大分県そのものではないでしょうか。

前知事が中央官庁在籍時より立案した、重厚長大型産業の企業立地から、現知事の自動車に代表される、加工組み立て型製造業企業群への企業立地推進、(地元中小企業の相乗効果も含めた)製造業が県民所得向上に一役買うと言う、ある意味外貨獲得がもたらす最適な金融循環への、ロードマップ確立。

僭越ながら、自分はその変遷を間近で目撃した一人かもしれません。

大分県民の皆さまって、こんなにも変幻自在だったっけと。

そんな事を踏まえて、今月もたらされた地元発ビッグニュースを少し考えてみました。

それにしてもモノづくり企業が、冠スポンサーになるのも大変結構ですけど、ホントはもう一社の地場ファミリーレストラン企業の方が、直接の相乗効果出て良かったと思うのは、2019年のイベントも鑑み自分は推していたんだけどなぁ。

 アガワ・ハイテックソリューションズ株式会社
代表取締役社長 阿川 丈生