新府内録 社長の窓

第19回 スペシャルエッセイ・弊社CIに込められた、メッセージ

早いもので、2017年5月も中旬を過ぎました。
同じく初旬まで続いた大型連休は、皆さま如何だったでしょうか。
自分は個人として、インターネット上のいわゆるアカウント登録制交流サイト"SNS"を、複数展開しております、出来れば全てフェードアウトしたいのですけど。
その交流(閲覧)させてもらってます、他の会員さんのアクティブな投稿に、刺激を受けた訳ではありませんが、ちょっとお隣の四国~愛媛県松山市へ観光に行ってきました。

三年間に渡って放送された、スペシャルドラマを通じ、以前から司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」に共感、主人公三名が上京するまで滞在していた、 松山市内の「坂の上の雲記念館」を見学させて頂きました。

紙幅の都合上、内容について多くは割愛致しますが、思ったより展示点数が少なかったかなと言うのが、第一印象。
そんな中で、功績を讃えた主人公らの生い立ちは勿論、全国紙連載以後の作者と子孫達と交流の様子等、原作小説の世界観を忠実に模する、 展示内容に我が意を得たりでした。
明治維新後数十年を経た当時の伊予は、薩長土肥に代表する、特に四国では土佐~現在の高知県が薩長に次ぎ、中央政治を担っておりました、 そこに新しい息吹きとして「伊予出身」の主人公三名が、生目をもろともせず、高い志を懐いて日本国の為に奉公する、正にその姿が作者の目に留まったのであろうと、 自分は強く懐いている次第です。
実際「坂の上の雲記念館」から程近い、国の重要文化財(天守閣)である「松山城」は、標高132メートル~大天守からは実は161メートルと、 国内に現存する平城で最も高く、そこからの眺めは松山市内を360度見渡せる、壮観な眺めでした。
当然と言うべきか、天守に至るまでは専用の「リフト&ロープウェイ」で、送り届けられます。
以上執筆には暇ありませんけど、地元市民の皆さまにとって、松山市北東部の道後・上道後温泉郷も含め、昔からの観光ランドマークが複数あると、 マインドが随分と落ち着き払えるだろうみたいな的、余計なお節介と言うか、とても羨ましく感じました。

帰路は余韻を永らく味わいたく、愛媛県を北上して今治市から上下線渋滞のしまなみ海道を、本州方面へ通行、 一気に広島県の尾道市から最西の福山市へ回り、広島市まで中国自動車道を走って、同じく広島市内をマツダスタジアムを中心に、 夜間グルーヴした後~山口県岩国市まで一般道を通行、厳島神社のある宮島等を、ウィンドウ越しに観光致しました。
で、岩国市から中国道~九州道~東九州道~大分自動車道と、随分な遠回りをしながら大分市内です。

ここまで長い前置きにより失礼致しました、それほどの余韻が執筆当日も強く残る程、大変有意義なショートツーリングです。
久しぶりに行った四国、次は阿波おどりの時期に合わせて、夏の徳島県に行ってみたいと思います。

ここまでで、ようやく本題となる訳ですが、この弊社ロゴマークを筆頭とした、CIイメージで皆さまお気付きになったでしょうか。
そうです、ルビー色で統一されています。
このルビー色は、現在代表取締役社長(創業者)である、当方の誕生石です。
前職の在籍企業は、先代社長(ここも創業者です)である実父の考案で、堅実な印象を能えるネイビーを基調としています(当該ウェブサイトをご参照)、 これらは全て"20世紀…昭和時代"のもの。
そこから言わばスピンオフした、弊社は21世紀(一応平成時代も)創業した企業として、「それらを内包した、新しいモノづくり技術の提案」を込めた、 企業理念を展開致す所存、詳細な項目制定は本年中に予定しております。
その一翼を担うロゴマークは、生まれこそ大分市ですが、両親に至るまで完璧なる山口県人の血を受け継ぐべく、 市場(丸~サークル)を毛利家の家訓である「三本の矢」に準え、センターのシルバーを"お客さま"、上下のルビー色を"弊社"、"持ちうる技術"で挟み、「市場へ鋭く射し込む」と言った、 なんとも猛々しいコンセプトと、なっております(笑)。
それが弊社の略称「AHS」。と言うおまけも添えて、とてもナイスなものになったと、自負しております。
勿論原案は当方自身で、仕上げは地元のデザイナー氏に行って頂きました。

と…本当は美談で終わりたいところですけど、実は…ロゴマークのモチーフになっている「毛利家」。
なんと「阿川家の仇」なんですね。

全国に分布している、阿川家のルーツは現在の山口県下関市豊北町"阿川"と、なっているようです。
そこで(いわゆる)戦国時代までは、「大内氏」に仕えていた武家だったと、言われております。
以後はご承知の通り、現在の広島県をルーツに持つ、毛利家の初代当主"毛利元就"に、大内氏をまるごと滅亡されてしまい、生き残った阿川家の祖先達は、 追われるように現在の「山口県美祢市大字伊佐」、すなわち当方の本籍地へ集団移住し、以後は「農民」として現在に至る…との説が最有力です。
実際、当方の本家は現在も山口米を栽培する「兼業農家」です、加えて当主は地元の名士とも(以下割愛)。
(中略)なので前述の通り、作家の阿川佐和子氏を始めとした、「阿川家」の現在の本籍地(本拠地)は、役所で移さない限り「山口県美祢市」となります。
「仇である毛利家」ですが、あれから約450年余り…随分と時も流れましたので、江戸時代以降~山口県と云えば毛利家ですし、 「ま。いっか」的AB型の適当な気性が、このロゴマークの由来でございます。

紙幅が尽きました、(ある意味禁句ですが)自らの能力を頼りに、事業展開して行くからこそ、また前職と同じように、 自身の精神も後世へ受け継いで欲しいとの想いで、今後も前列の無いアッと驚く展開を致します。
先ずは、「乞うご期待」と言ったところでしょうか。

── 今回コラムのまとめ ──

  • 先の大型連休に出掛けた、愛媛県松山市から広島県を経由しての、ショートツーリングは「進取の精神」に溢れた、意義深いもの。
  • 前職からのイメージを自ら破る、弊社のCIイメージは、どちらかと云えば華々しい事が好きな、創業者の想いに寄り添ったものかと。
  • 21世紀の新しいモノづくりの姿を、営業種目に準えて、今後も皆さまと成長して行きたい所存です。
 アガワ・ハイテックソリューションズ株式会社
代表取締役社長 阿川 丈生